今回のお車はメルセデス・ベンツ GLS350d 4MATIC(X166)。2018年11月登録、走行距離は12万kmを超えたあたりです。
お問い合わせは「アドブルーキャンセルについて教えてください」という一文から始まりました。すでにご自身で調べたうえでのご連絡だったわけです。
きっかけは、メーターに出たAdBlueの補充メッセージ。素直に補充されたそうです。ところが警告は消えない。それどころか、しばらくすると「液量を測定できません」という見慣れない表示まで出てきた、とのこと。補充したのに液量が測れないと言われる。何が起きているのかわからないまま、残りの走行距離だけが減っていく状況でした。
幸いまだエンジンは始動できる状態でしたので、ご自身の運転で当社まで持ち込んでいただきました。

メーターに出ていた、2つの表示
入庫時のメーターがこちらです。

ベンツのディーゼルでおなじみのカウントダウン表示ですね。この数字が0になると、次にエンジンを止めたときから再始動ができなくなります。走れるうちは普通に走れてしまうだけに、かえって実感が湧きにくいところでもあります。
そして、その1分後に撮影したのがこちら。

補充してくださいと言っておきながら、液量は測れていない。言葉だけを追うと矛盾しているように見えますが、車両側からすれば筋は通っているわけです。測れないのだから「足りている」と判断できない。足りていると判断できない以上、警告は消せない。補充しても状況が変わらなかったのは、このためですね。
「補充したのに消えない」というご相談は本当に多いのですが、その中でもこの「液量を測定できません」が一緒に出てくるパターンは、補充量ではなく液面を見ている側に目を向けるべきサインだと考えています。
診断結果:検出されたDTC

XENTRYで車両全体を診ていきます。エンジン「OM642」用の制御ユニットに残っていたのが、次の4つ。
● P14031F 「AdBlue®」コントロール・ユニットに機能障害があります。一時的な故障があります。
● P13E7FD AdBlue®充填レベルが低いです。
● P13E100 AdBlue®充填レベルが低いです、残りの走行距離が制限されています。
● U144F84 シグナル「最低フューエル・レベルに達している」が受信されました。許容限界値を下回るシグナルがあります。
まず目を引くのが P13E100 ですね。「充填レベルが低い、だから残りの走行距離を制限している」と、車両側が制限をかけている理由をそのまま伝えてきています。メーターの385kmはここから来ているわけです。
そして P14031F。AdBlueのコントロール・ユニットに機能障害、しかも「一時的な故障」として記録されています。この「一時的」という言葉がくせ者でして、常時ではなく出たり消えたりしている状態を指します。部品がはっきり壊れきっていれば話は早いのですが、こうした断続的な記録は切り分けに手間がかかるケースが多いです。
診断機の実測値に、答えが全部写っていました
さて、ここからが本題です。DTCだけを眺めていても「AdBlueが足りないらしい」で終わってしまいます。実際に車両がいまどう動いているのか、実測値を覗いていきます。

最初に見ていただきたいのが一番下、「AdBlue® 走行可能距離予測 386km」。メーター内の385kmとほぼ同じ数字です。わずかな差があるのは、メーター表示と診断項目とで値を拾うタイミングが違うためですね。
ここが大事なところでして、メーターの警告だけが誤って先走っているわけではない、ということです。診断機で中を覗いても、同じようにカウントが進んでいる。車両は本気で残りの距離を数えているわけです。
そして同じ画面には、ほかにも気になる値が並んでいます。
● AdBlue® 充填レベルのステータス:低い
● 要求された AdBlue® 配分量:0.00g
● 配分の要求:0.00mg/s
● 現在の AdBlue® 配分量:0.00g
● AdBlue® メタリングのステータス:ロック解除しません
補充をした直後にもかかわらず、充填レベルのステータスは「低い」のまま。そしてメタリングのステータスは「ロック解除しません」、つまりAdBlueを噴く許可が下りていない状態です。配分量がそろって0.00なのも、この許可が下りていないことと符合します。
なお、この時点では排気温度が低く、暖機が済んだ状態の数値とは条件が異なります。それでも充填レベルの判定が「低い」のまま動かない点が、今回の本質ですね。
つまり、こういう連鎖になります。
● 液量が正しく読めない
● だから車両は「充填レベルが低い」と判断する
● 低いと判断している以上、AdBlueの噴射許可は下りない
● 残量が足りないと判断されたままなので、走行距離の制限が進んでいく
補充という入口をいくら繰り返しても、この鎖の一番上が外れない限り何も変わりません。お客様が補充しても手応えがなかった理由が、この1画面に全部写っていたわけです。
部品で直すとなると、どうなるか
では部品交換で直す場合はどうなるのか、という話になります。
液量の信号に関わるのは、AdBlueタンクの中に組み込まれたレベルセンサーやポンプを含むユニットです。ここは単品でのバラ売りがされないことが多く、一式での交換となると30〜50万円ほどかかってくるケースが多いです。
さらにAdBlue関連はNOxセンサーの劣化を併発することもよくあります。NOxセンサーは1つ10万円前後、エンジンによって2〜3個使われていますので、そろって交換となれば20〜30万円以上。しかも部品が素直に手に入るとも限らず、本国にすら在庫がないという回答が返ってくることも珍しくありません。入荷を待っている間、車は動かせないままです。
そして一番やっかいなのが、1か所を交換しても次は別のセンサーが音を上げる、といういたちごっこになりやすい点ですね。年式と走行距離が進んだ車両ほど、この傾向は強まります。
今回は最初のご相談の段階でプログラムでの対応についてお話をいただいていましたので、現状をご説明したうえで、ECUデータの調整で進める方針となりました。
作業:ECUデータの読み出しと調整
ここからは実際の作業です。車両からECUを取り外し、ベンチ接続で進めていきます。


この取り外しと配線の工程、地味に見えて実は一番神経を使うところでして、整備グループの中でも誤って破損させてしまったという報告がちらほら上がってきます。静電気ひとつで台無しになりますしね。

まずは中身をそのまま吸い出します。何かあったときに元へ戻せる状態を先に作っておく。順番としてはここが最初ですね。

お客様の車両1台ごとの固有データですので、ここの管理は徹底しています。

ここからがデータの調整です。該当する領域を探し出し、AdBlueの要求判定に関わる閾値(いきち)を整えていきます。数字の海に見えますが、ひとつひとつに意味があるわけです。電子の鼓動が聞こえてくるようです。



書き込みの最中に電圧が落ちれば、ECUはそのまま目を覚まさなくなります。安定した電源を確保したうえで、終わるまで静かに待つ。SUCCESSが出た瞬間は、何度やっても気がゆるみますね。
なお車種によっては、このあとさらに別の処理が必要になる場合もあります。1台ごとに構成が違いますので、そのつど判断しています。
作業後の結果
ECUを車両に戻して、最終確認です。

385kmから減り続けていたカウントダウンも、「液量を測定できません」の表示も、まとめて消えています。入庫時にあれだけ並んでいたメッセージが、きれいに無くなりました。
この状態を確認したうえで、走行確認まで行って完成となります。
よくあるご質問
AdBlueを補充したのに警告が消えないのはなぜですか?
AdBlueの残量を検知するレベルセンサー側に不具合があると、補充しても車両が「充填レベルが低い」と判断したままになります。メルセデス・ベンツGLS350d(X166)の事例では、補充後も診断機上で充填レベルのステータスが「低い」、メタリングのステータスが「ロック解除しません」のままで、AdBlueの噴射許可が下りていませんでした。液量が正しく読めていないため、補充を繰り返しても警告は解除されません。
メーターに「液量を測定できません」と表示されるのはどういう状態ですか?
AdBlueタンク内の液面を測る信号が正常に読み取れていない状態を示します。車両は残量を確認できないため「足りている」と判断できず、補充を促す警告や走行距離の制限を解除できません。「AdBlueを補充してください」の表示と同時に出る場合は、補充量ではなく液面を検知する側の不具合を疑う必要があります。
「385km以内にAdBlueを補充してください」の表示を放置するとどうなりますか?
表示されている残り走行距離が0kmになると、次にエンジンを停止した時点から再始動ができなくなります。走れている間は普段どおり走行できるため気づきにくいのですが、0kmになる前の対処が必要です。なお0kmに到達する前の段階で再始動ができなくなる事例もあります。
故障コード P13E100 はどのような意味ですか?
メルセデス・ベンツのXENTRY診断では「AdBlue充填レベルが低いです、残りの走行距離が制限されています」と表示されます。車両がAdBlueの不足を判断し、走行距離の制限を作動させていることを示すコードです。あわせて P13E7FD(AdBlue充填レベルが低いです)や P14031F(AdBlueコントロール・ユニットに機能障害があります)が記録されることがあります。
AdBlue関連の部品を交換すると費用はどれくらいかかりますか?
AdBlueタンク内のレベルセンサーやポンプは単品で販売されないことが多く、ユニット一式の交換で30〜50万円程度になるケースが多くあります。NOxセンサーは1個10万円前後で、エンジンにより2〜3個使われているため、交換すると20〜30万円以上になることもあります。部品の供給が不安定で、入荷まで車両を使用できない期間が発生する場合もあります。
ECUのプログラム調整では何をするのですか?
車両のECU(コンピューター)からオリジナルデータを読み出してバックアップしたうえで、AdBlueの判定に関わる閾値を調整し、書き込み直す作業です。壊れた部品を新品に取り替える「修理」ではなく、警告や走行距離の制限が出ない状態に整える方法になります。部品が入手できない場合や、修理費用が車両の価値に見合わない場合の選択肢のひとつです。
今回の作業まとめ
● 車種:メルセデス・ベンツ GLS350d 4MATIC(X166 / LDA-166824)
● 年式:2018年11月
● 走行距離:約120,000km
● 症状:AdBlueを補充しても警告が消えない/「液量を測定できません」表示/385kmの走行距離制限
● 検出DTC:P14031F、P13E7FD、P13E100、U144F84
● 実測値:AdBlue配分量 0.00g、メタリングのステータス「ロック解除しません」、走行可能距離予測 386km
● 使用機材:XENTRY Diagnosis、FLEX(BENCHモード)
● 対象ECU:BOSCH EDC17CP57
● 作業内容:ECUデータの読み出し・バックアップ・調整・書き込み
● 結果:AdBlue警告と走行距離制限が解除、メーター表示は「故障はありません」
「修理」ではなく「調整」という考え方
今回の作業は、壊れた部品を新品に取り替える「修理」ではありません。車両が持っている判定の閾値(いきち)を調整し、警告や走行制限が出ない状態に整えるという考え方になります。
部品交換を否定するものでもありません。部品が手に入る状況で、費用とお車の使い方が見合うのであれば、交換で直すのが本来の筋ですしね。ただ現実には、部品が揃わない、見積もりが車両の価値に見合わない、入荷待ちで何か月も動かせない、という場面が確実に存在します。その時に選べる手段をもうひとつ持っておく、という位置づけで取り組んでいます。
将来的に部品の供給が安定して手に入りやすくなった場合には、部品交換での対応に切り替えるという選択も可能です。
この技術は、いまも発展の途中です
正直なところを書いておきます。AdBlue・SCR系の制御は車種や年式で中身が異なり、同じメーカーでも世代が変われば別物ということが普通にあります。当社でも日々データを蓄積しながら、同じ取り組みをしている整備ネットワークと情報を共有して精度を上げている最中です。
そのため、すべての車種・すべての症状に対応できると申し上げることはできません。お車の状態を拝見したうえで、できること・できないことを正直にお伝えしています。また、作業後のお車の扱いや各種制度への適合については、最終的にはお客様のご判断にお任せする形となりますので、その点もあわせてご相談いただければと思います。
ご依頼ありがとうございました。
今回の作業は部品の調達に時間がかかったり、チェックランプ点灯の裏に隠された重大エラーの事などを踏まえた作業となりますので、ご理解いただければ幸いです。
メルセデス・ベンツ以外でもBMW、フォルクスワーゲン、三菱ふそう(キャンター・ローザ)など商用車を含めて対応可能な場合がありますので、NOxやアドブルーでお困りでしたらお問い合わせお待ちしております。
丁寧な整備を心がけておりますので、ひとつひとつの作業にどうしても時間がかかってしまいます。
重要な補足説明
毎回お伝えしていますが、この作業は「修理」とは言えないと考えています。
NOx・AdBlueの部品は、どちらも高額なうえに欠品していることが多く、「直したくても直せない」状態でお困りの方を数多くお見受けします。そこで、プログラムを少し“調整”したり、部品が入荷するまで動かせないお車に限って、一部の機能だけを一時的に“撤廃”したりして、お車を使えるようにするのがこの作業です。
エンジンチェックランプが点いている原因がわかっていても、NOxやAdBlueの警告で点灯し続けている状態では、まったく別の重大なトラブルが起きても、ドライバーさんは気づくことができません。
そこで、過敏に反応する設定になっている“閾値(いきち)”に少しだけ幅を持たせ、チェックランプの点灯を一時的に抑えます。本当に重大なトラブルが起きたときに早く気づけるよう、チェックランプ本来の「お知らせ」の役割を取り戻すための作業です。
部品が欠品・納期未定で車が動かせない(スターターロックが作動してエンジンがかからない)ときなどに、部品が届くまでの一時的な緊急対策として行うものです。部品が入荷したら、元のプログラムに戻して部品を交換することをおすすめしています。ご依頼の際は、この点をご理解ください。
この技術は、まだ発展途上です
ほとんどのお車で成功していますが、ごくまれに、エラーが消えない、スターターロックが再び作動するといったことが起こる可能性は、ゼロではありません。
この作業ができるネットワークは、今では10社まで広がり、これからも広がっていく見込みです。お互いに情報を共有し、ときにはトライ&エラーを重ねながら、全員で前に進んでいます。
まだ完璧に仕上がった技術ではないため、その「ごくまれ」なケースに当たり、ご迷惑をおかけしてしまうこともあるかもしれません。そんなときこそネットワークを生かし、施工する仲間たちと知恵を出し合って、精一杯対応いたします。全員が本気で取り組んでいますので、温かく見守っていただければ幸いです。
もちろん、そうしたことが起こらないよう、日々学び、腕を磨き続けています。「依頼してみたい」と思っていただけたら、お気軽にお問い合わせください。
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