
まずは上の写真を、もう一度ご覧ください。BMW X5の前輪に、輪留めがかませてあります。
坂道に停めているわけでもなく、工場の平場です。それでも輪留めを外せません。この車、シフトレバーがPに入らないんです。Nのまま。おまけにパーキングブレーキもかからない。
アドブルーのカウントダウンを走り切ってしまい、スターターロックが作動した車両というのは、こういう状態になるわけです。
「警告が出ていて、もう動かない」というお電話から
東京都東大和市のオーナー様から、一本のお電話をいただきました。「BMWのアドブルーの件で相談したい。警告表示がずっと出ていて、いまはもう車が動かない」。ホームページをご覧になってのご連絡です。
詳しくお話を伺うと、状況はかなり進んでいました。すでにカウントダウンは始まっており、その距離を走り切ってしまったことでスターターロックが作動。エンジンはうんともすんとも言わない状態です。最寄りの整備工場さんへ入庫して修理を進めていたものの、そこでは手に負えず、あらためて修理先を探していたところで当社にたどり着いた、とのこと。
自走はできませんので、入庫は自動車保険のロードサービスによる搬送となりました。積車から降ろした先で、そのまま輪留めをかませた、というのが冒頭の写真です。
今回のお車はBMW X5 xDrive35d(F15/LDA-KS30)、平成30年12月登録。走行距離は123,506kmです。ちなみに診断機の車両認識は欧州仕様の表記に合わせて「X5 xDrive30d_N57/F15/EUR」と出ます。
スターターロックがかかると、車はこうなる
ここが今回いちばんお伝えしたい部分です。アドブルーのシャットダウンが成立した車両は、単に「エンジンがかからない」だけでは済みません。

シフトはNから動かず、Pに入れることができません。当然メーターは「Pに入っていません」と訴えてきます。そして電動パーキングブレーキも、かけようとすると強制的に解除されてしまう。つまり車両側には、止まっていられる手段が何も残っていないわけです。
わずかな傾斜でも動き出してしまいますので、輪留めは必須。作業を待つ間もずっとかませたままです。同業者様がこの状態の車を預かる場面も増えてくると思いますので、頭の片隅に置いておいていただけると安全かと思います。
この挙動については診断結果にも痕跡が残っていました。そちらは後ほどご紹介します。
補充しても消えない警告と、消えてしまった航続距離

「取扱説明書を参照の上、ただちにAdBlueを補充して下さい」。文面だけ見れば、補充すれば済むように読めます。ところが、補充しても状況が変わらないというのが、この手のトラブルでいちばん多いご相談内容なわけです。

尿素SCRを積んだディーゼル車では、AdBlueに関する警告が段階を踏んで進んでいきます。はじめは「あと○○km」と数字で猶予が示され、残りが減るにつれて警告のレベルが上がっていく。そして数字を使い切ると、今回の車両ではご覧のとおり表示そのものが「— km」に変わっていました。
残り距離を示す数字が消えている時点で、猶予はすでにゼロ。ここでエンジンを止めると、再始動は受け付けてもらえません。整備工場さんで手が止まってしまったのも、この「止めたら二度とかからない」という性質があるからだと思われます。
診断結果:検出されたDTC

● 272000 ── SCRシステム、警告およびスイッチオフになる状況:最大走行可能距離に到達(エンジンスタートは不可能)
● 29FD00 ── SCRシステム 警告およびシャットダウンシナリオ:警告レベル3、最大走行可能距離に到達、エンジンスタートの障害
文言の中に「エンジンスタートは不可能」とはっきり書かれているあたり、システム側も遠慮がありません。
さて、全体をレポートで見てみましょう。

ここで、先ほど「後ほど」と申し上げた話につながります。
● 420652 ── パーキングロック:タイマー終了後に正しく解除されていない(EGS/常時)
変速機側の制御ユニットにも、パーキングロックに関するコードが1件残っていたわけです。Pに入らない、パーキングブレーキも効かないという現場での状態と、きれいに符合します。
ちなみにEMF(パーキングブレーキ)のユニット自体は、エラー件数ゼロでした。つまりパーキングブレーキが効かなかったのは、EMFが壊れていたからではありません。壊れていないのに効かない。ここがこの症状のややこしいところです。
この状態が、動けなくなった車を牽引したり人力で押したりできるようにという設計上の配慮なのか、それともシャットダウンの処理が正常に完結しなかった副次的な結果なのか。正直なところ、当社としても断定はできません。メーカーの公式見解を確認したわけでもありません。
ただ、どちらであっても現場でやるべきことは変わりません。車は自力で止まっていられない。だから輪留めをかませる。それだけです。
SCRユニットは無傷。それでもエンジンはかからない
そしてもうひとつ、今回いちばん興味深かった点をお伝えします。

ご覧のとおり、SCRユニットには故障コードが1件も入っていませんでした。
「AdBlueのトラブルなのだからSCR関連の部品が壊れているはず」と考えるのが自然です。ところが診断機は、SCRユニットについて何も訴えてこない。それなのにエンジンはかからない。
DDEに残っていた272000と29FD00を、もう一度よく読んでみてください。どちらも「最大走行可能距離に到達した」と書いてあるだけです。つまりこれは原因を示すコードではなく、シャットダウンが成立したという結果を記録したコードなわけです。
カウントダウンの引き金になった一次故障は、すでに姿を消している。けれども「走行可能距離を使い切った」という判定だけは車両側に残り続けている。当社ではそう判断しています。NOxセンサーの判定は一度の走行で決まるものではなく、条件が揃ったときだけ成立するものですから、症状が出たり引っ込んだりしているうちにカウントだけが進んでいく、というのは十分あり得る話です。
なお、今回の診断では他のユニットにも軽微なコードが残っていましたが、いずれも今回の症状とは関係のないものでした。
ここが、この手のトラブルのいちばん厄介なところだと考えています。
交換すべき部品が、診断機から出てこない
では部品を替えれば解決するのか、という話になります。ここは正直にお伝えしておきたいところです。
今回のように SCRユニットにコードが1件も無い状態では、「どの部品を替えれば直るのか」を診断機から読み取ることができません。となると、疑わしい順に交換して様子を見る、という進め方にならざるを得ません。
その一つひとつが安くないのが、この分野のつらいところです。メーカーや車種によって差はありますが、NOxセンサーはエンジンに2〜3個使われていることが多く、純正品だと1つあたり10万円前後。すべて交換すれば20〜30万円以上になるケースもあります。アドブルータンク内のポンプやセンサー類まで及べば、さらに大きな金額を見込む必要が出てきます。しかも替えてみて直らなければ、その費用は戻ってきません。
さらに厄介なのが部品の供給です。この年代のディーゼル関連部品は、時期によっては在庫が薄く、本国に在庫がないという回答が返ってくることもあります。その間、車は動かせないまま。今回のようにNのまま輪留めで押さえておくしかない車だと、置き場所の確保そのものが悩みの種になってきます。
こうした事情をご説明したうえで、オーナー様と相談し、まずはECU側のプログラム調整で車両を動かせる状態に戻す方針で進めることになりました。
解決策:ECUの読み出しとプログラム調整
スターターロックがかかっている以上、車上の通信だけでできることは限られます。ECU(DDE)を車両から取り外し、ベンチ環境でじっくり作業していきます。


今回のECUはBosch EDC17C56。BENCHモードで接続します。

ここでいきなりデータを書き換えたりはしません。まずは今入っている状態を丸ごと保存するところから始めます。


このバックアップが、万が一のときの戻り道になります。地味な工程ですが、ここを省く整備士はいないはずです。

そして書き込みです。



ECUを車両に戻し、いよいよ始動確認です。
作業後の結果



エンジンがかかり、シフトはPに入り、パーキングブレーキも効く。ここまで戻ってはじめて、輪留めを外すことができます。搬送されてきたときは自力で1メートルも動けず、止まっていることすら自前ではできなかった車が、当たり前の姿に戻る。何度やっても、この瞬間はほっとします。
最後は試運転で20〜30kmほど走らせ、走行中に警告が戻ってこないこと、シャットダウンのカウントが再開しないことを確認して完成です。
今回の作業まとめ
● 車両:BMW X5 xDrive35d(F15/LDA-KS30)平成30年12月登録
● 走行距離:123,506km
● 症状:AdBlue警告が消えず、カウントダウン超過によりスターターロック作動。エンジン始動不可
● 付随する状態:シフトがPに入らずNのまま。電動パーキングブレーキも作動せず、輪留めでの固定が必要
● 入庫方法:自動車保険のロードサービスによる搬送
● DDEのDTC:272000(SCRシステム、警告およびスイッチオフになる状況:最大走行可能距離に到達)/29FD00(SCRシステム 警告およびシャットダウンシナリオ:警告レベル3、最大走行可能距離に到達、エンジンスタートの障害)
● EGSのDTC:420652(パーキングロック:タイマー終了後に正しく解除されていない)
● SCRユニット:故障コードの検出なし
● EMF(パーキングブレーキ):故障コードの検出なし
● ECU:Bosch EDC17C56(BENCH接続)
● 作業内容:ECU取り外し → フルバックアップ → プログラム調整 → 書き込み → 復元・最終診断 → 試運転
● AdBlue警告とシャットダウン制限が解除
● エンジンチェックランプも消灯
● 全システムのオートスキャンで故障コードなし
● シフトがPに入り、パーキングブレーキも正常に作動
● スターターロックが解除され、通常どおり始動・走行が可能に
● 部品交換と比べて費用・期間ともに大幅に圧縮
「修理」ではなく「調整・撤廃」であること
誤解のないようにお伝えしておきたいのですが、今回の作業は壊れた部品を新品に戻す「修理」ではありません。ECU側が持っている判定の基準値、いわゆる閾値(いきち)の扱いを調整し、シャットダウンまで進まないように整える作業です。物理的な部品の状態が変わるわけではない、という点はご理解いただく必要があります。
ですので、部品が入手できる状況であれば、本来の部品交換に戻していただくのがいちばん素直な形だと当社では考えています。今回のように「そもそも交換すべき部品が特定できない」「部品が揃うまで車がまったく動かせない」といった事情があるときの、現実的な選択肢のひとつという位置づけです。
また、この分野の技術はいまも発展途上です。車種・年式・ECUの世代によっては対応できない場合もありますし、同じ型式でもソフトウェアのバージョンが違えば結果が変わることもあります。当社では国内外の技術者ネットワークで情報を共有しながら、対応できる範囲を一台ずつ広げているところです。できないものはできないと、その場でお伝えしています。
なお、排出ガス性能に関わる装置の制御に手を入れる作業であることは事実です。公道での使用にあたっての最終的なご判断は、お客様にお任せしております。
ご依頼ありがとうございました。
今回の作業は、部品の調達に時間がかかったり、チェックランプ点灯の裏に隠れた重大エラーを踏まえたうえでの作業となりますので、ご理解いただければ幸いです。
BMW以外にもメルセデスベンツ、フォルクスワーゲン、プジョー、シトロエン、三菱ふそう(キャンター・ローザ)など商用車を含めて対応可能な場合がありますので、NOxやアドブルーでお困りでしたらお問い合わせをお待ちしております。
丁寧な整備を心がけておりますので、ひとつひとつの作業にどうしても時間がかかってしまいます。急いで作業を行えばヒューマンエラーにもつながりますので、お時間をいただく点はどうぞご協力をお願いいたします。
重要な補足説明
毎回重ねてお伝えしておりますが、これを「修理」とは言えないと思っています。
NOxにしてもAdBlueにしても、部品はどちらもかなり高額である上に欠品している事が非常に多く、直したくても直せないという状態に陥っている方を非常に多くお見受けしています。
それをプログラムで少し”調整”してあげたり、部品が入荷するまで運用出来ないお車を一部機能に付いてのみ一時的に”撤廃”作業を施して運用出来る様にするというものです。
いま点灯しているエンジンチェックランプの点灯原因・内容が分かってはいるものの、NOxやAdBlueがチェックランプを点灯させ続けている状態では、全く別の重大なトラブルが発生したとしてもドライバーさんは気付く事が出来ません。
なので、過敏に反応する設定となっている”閾値”(いきち)を少しだけ幅を持たせた値に調整する事でエンジンチェックランプの点灯を一時的に抑えることで、それとは全く別で発症した”本当に重大なトラブル”にドライバーさんが早く気付く事が出来るように、本来の意味としての「エンジンチェックランプ」点灯お知らせ機能を取り戻す作業です。
部品が欠品中で納期未定の為車が動かせない(スターターロックが発動してエンジンがかからない)などの場合での、部品が入るまでの一時的な緊急対策措置である事をご理解いただき、部品が入荷した際には元のプログラムに戻して部品を交換するという事を弊社ではお勧めしております。
同作業をご希望される方は、その辺りをご理解下さい。
この技術・情報はまだまだ発展途上の所もあります。
殆どが成功し続けて行く中、それでもごくごく稀にエラーが消えないとか、スターターロックが再発動するとか、そんな事が起こるのがゼロではありません。
この一連の作業内容ができるネットワークは今や10社まで広がり、まだ更に広がる可能性を含んでいます。そしてお互いに情報を共有しつつ、時にはトライ&エラーを続けながら全員で前に進んでいます。
現況では完璧に仕上がった技術では無い事や、もしかするとその「ごく稀」な案件に当たってしまう事もあるかも知れません。不本意ながらご迷惑をおかけしてしまう事だってあると思います。
そんな時こそそのネットワークを駆使し、施工している仲間たちで知恵を絞り出し合って、精一杯対応させて頂きます。全員が本気で取り組んでいますので、暖かい気持ちで見守っていただければ幸いです。
もちろん、その様な事が起こらない様に、日々学び、日々ステップアップし続けていますので、もし「依頼してみたい」と思って頂けた方は、お問い合わせ下さい。
AdBlueの警告でお困りの方へ
「あと数百キロでエンジンがかからなくなる」という警告。その不安を抱えたまま運転するのは、とてもストレスがかかるものです。
すでにカウントダウンが終わってしまい、エンジンがかからない状態でも対応できる場合があります。高額修理や部品の入荷待ちで悩んでいる方も、まずは一度ご相談ください。
遠方の方でも、コンピューター(ECU)をお送りいただければ施工可能です。本来の落ち着いた状態で安心して乗れるよう、状況に合わせてアドバイスいたします。
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