メーターに出ていたのは「Emissions fault: Starting impossible in 600 km」の一文。排出ガス系の異常で、あと600kmでエンジンが始動できなくなりますよ、という英語表示です。今回のお車はシトロエン ベルランゴ(型式 3DA-K9CYH01/令和2年12月登録/走行73,882km)。

ご依頼くださったのは、いつもお付き合いのある整備工場さん。シトロエン、DSオートモービル、メルセデスベンツと、AdBlue関連でのご相談は今回で7台目になります。プロの目で「これは部品を替えても収まらないやつだ」と判断された上での持込入庫、というわけです。

入庫したシトロエン ベルランゴ K9型 AdBlue警告の修理事例

入庫したシトロエン ベルランゴ(K9)。ボンネットを開けたところで、外観もエンジンの調子も特に問題なし。

入庫の経緯:同業者さんからの持ち込み

AdBlue関連のご依頼は、大きく分けて2つのルートがあります。ひとつはオーナー様が直接ネットで調べてたどり着かれるケース。もうひとつが、整備工場さんやディーラーさんから「うちでは対応できないので」とお預かりするケースです。

今回は後者。しかも初めてのお取引ではなく、これまでシトロエン・DSオートモービル・メルセデスベンツと、AdBlue絡みで6台お預かりしてきた業者さんからの7台目です。

この手のご依頼がありがたいのは、こちらが説明する手間がほとんど要らないという点。
「センサーを替えてもまた出る」「タンクごとになると金額が跳ね上がる」「そもそも部品が入ってこない」──そのあたりを業者さん側がすでに把握された上で持ってこられるので、話が早いわけです。

整備工場さんの立場からすると、AdBlue系のトラブルは「診断はできるが、その先の落としどころが無い」という厄介な領域です。診断機でコードは読める。原因の見当もつく。ただ、部品を注文しても入ってこない、入ってきても再発する、お客様には説明しづらい。お客様に「うちでは無理です」と言わずに済むよう、頼れる先を用意しておく。そういう備えだと思います。

症状:600kmのカウントダウン

メーター内の表示はこちら。

ベルランゴのメーターに表示されたEmissions fault Starting impossible in 600 kmの警告

「Emissions fault: Starting impossible in 600 km」。左のAdBlueアイコンも赤く点灯している。

ベルランゴ AdBlue警告灯とエンジン警告灯 スパナマークの同時点灯

速度計側にはエンジン警告灯とスパナ(サービス)マークが並んで点灯。

ここで少し補足を。ベルランゴやリフターの警告表示には何種類かパターンがあり、よく見かけるのは「Engine fault: Repair needed(エンジン故障:修理が必要)」の方です。今回出ていた「Emissions fault」は、より直接的に排出ガス系を名指しした表示になります。

表示の文言は違っても、行き着く先は同じ。残り走行距離のカウントダウンが始まり、0kmに到達するとエンジンの再始動ができなくなります。ここが欧州ディーゼルの厳しいところで、ガソリン車のように「警告灯が点いているけど走れてはいる」という状態が続かないわけです。

そしてもうひとつ、「600kmもあるなら余裕があるのでは」と感じる方もいらっしゃるかと思います。ところが、この数字は残念ながらあまりアテになりません。エラーの状況によっては表示上の残距離を待たずに再始動不可になる事例もあり、当店では「カウントダウンが出た時点で対策を考える」ことをおすすめしています。

診断結果:検出されたDTC

さて、診断機をつないで中身を見ていきます。

シトロエン ベルランゴの故障コード診断結果 U1200 P20EE を含む15件

入庫時の診断結果。故障コードは全15件。うちエンジンマネジメントECU側に2件。

今回の本丸は、エンジンマネジメントECU(CMM_MD1CS003)に入っていたこの2件です。

● U1200:81 NOx還元システム(CANネットワーク)– 受信したデータが無効 [一時的]
● P20EE:92 NOx還元システムの浄化(効果)– 性能または動作が適合しない [一時的]

あわせて、ビルトインシステムインターフェース(BSI)と送受信機側にも記録が残っていました。

● B181A:87 電動ステアリングロックからのロック/アンロック要求への応答不良 — 応答なし [一時的]
● B1808:87 エンジンマネジメントECUによるイモビライザーのロック解除の不具合 — 要求なし [一時的]
● B172D:13 センタールームアンテナ回路(キーレスアクセスおよびエンジン始動機能)– 断線 [あり]
● B1002:94 故障:ECUの不意の再初期化 — 計算機内部の不具合 [あり]

これらBSI・送受信機側のコードは、AdBlueのカウントダウンとは系統が別です。始動・イモビライザー・キーレス周りの記録なので、今回のAdBlue対策とは切り分けて考える必要があります。この点は業者さんにも申し送りをしています。

「補充では消えない」理由がここにあります

P20EE は「NOxの浄化効果が規定に届いていない」というコードです。ここだけを見ると、AdBlueが足りていないのでは、と思われるかもしれません。

ただ今回、それと並んで U1200:81 が出ています。こちらは「NOx還元システムに関するCAN通信で、受信したデータが無効」という内容。ざっくり言うと、NOxセンサーやSCR関連ユニットが測った値をECUに送る通信経路の話です。

整理するとこういう構図になります。

● NOxセンサーが排気中のNOx濃度を測る
● その値がCAN通信でECUへ送られる
● ECUが「ちゃんと浄化できているか」を判定する
● 判定できない/基準を下回ると排出ガス系のエラーとカウントダウンが発動

3番目の判定に必要な情報が届いていない、あるいは無効な値として弾かれている。だからECUは「浄化できていない」と結論を出す。尿素水そのものの残量とは別の次元で成立してしまうエラーなわけです。

ですので、AdBlueを満タンにしても、警告のリセットを試みても、根っこが通信・判定側にある限り同じ表示が戻ってきます。ここが「補充では解決しない」と申し上げている理由です。

原因:NOx還元系の情報が届いていない

ベルランゴやリフター、コンボライフに載る1.5L BlueHDi系では、NOxセンサーの経年劣化(いわゆる鈍化)が引き金になるケースが多いです。センサーの応答が鈍る、値が飛ぶ、通信上で無効判定になる──このあたりは連続した現象として起こります。

では部品交換で解決するのか、という話になりますが、ここが悩ましいところでして。

● NOxセンサーは車両に複数使われており、片側だけ替えても再発するケースがある
● 原因がSCR触媒やAdBlueタンク側(ポンプ・センサー一体構造)に及ぶと、金額が一気に数十万円規模へ
● 欧州車のこの領域は部品供給が安定せず、発注から納車まで数ヶ月というご相談も珍しくない
● 交換しても、同じ系統の別部品が後追いで音を上げることがある

今回のお車は走行73,882km。距離としては特別に多いわけではありません。それでも症状は出ます。「まだ7万kmだから大丈夫」という感覚は、この系統に関しては通用しないと考えていただいた方が良さそうです。

今回は業者さん・オーナー様と方針を確認した上で、AdBlue/SCRシステムの調整プログラムで対応する運びとなりました。

解決策:BENCH接続でECU調整

ベルランゴ(K9)に搭載されているエンジンマネジメントECUは Bosch MD1CS003。今回はOBDからではなく、ECUを車両から取り外してのBENCH接続で作業を進めます。

取り外したECUをベンチ接続で作業する様子 FLEX by MagicMotorsport

ECUを車両から取り外してベンチ環境へ。静電気には十分注意しながらの取り扱い。

Bosch MD1CS003 ECUとFLEXボックスのBENCH接続結線

Bosch MD1CS003 とFLEXボックス。ベンチハーネスを一本ずつ結線していく。

ここ、地味に神経を使う工程です。結線を一本間違えれば通信が通らないだけでは済まないこともあり、整備グループ内でもECUを痛めてしまったという話はちらほら耳にします。慌てず、確認しながら進めるのが結局いちばん早いわけです。

FLEXでBoschMD1CS003へBENCH接続 コネクト成功画面

コネクト成功。ステータスは SUCCESS。ここまで通ればあとは順番に進めていくだけ。

ECU内部データのフルバックアップ読み出し中の画面

オリジナルデータのフルバックアップ。セクター単位で読み出し中。

読み出したデータは、紛失や消失が起きないよう複数箇所に保存する体制をとっています。万が一のときに元へ戻せるかどうかは、この工程をどれだけ丁寧にやったかで決まりますので。

ECU内部のマップデータ解析イメージ Hexdump表示

読み出したデータはこのように内部のマップ値まで解析できます(画像は解析画面のイメージです)。

読み出したバックアップは、必要に応じてこうしたマップ単位の数値まで見ていくことも可能です。今回のベルランゴでは、この後ご説明する調整データの書き込みへと進めています。

ベルランゴ用に作成したAdBlue NOx調整データの読み込み

読み出したデータをもとに作成した調整データを読み込ませます。

Bosch MD1CS003への書き込み インターナルフラッシュ書き換え中

インターナルフラッシュへの書き込み中。ベリファイまで通って書き込み完了。

書き込みが終わったらECUを車両へ戻し、始動確認、そして診断機での最終チェックへ。

作業後の結果

作業後のベルランゴのメーター AdBlue警告とカウントダウンが消えた状態

作業後のメーター。警告表示もカウントダウンも消えて、走行距離073,882kmの表示だけ。

あれだけ主張していた「Emissions fault」の表示は、きれいに消えました。エンジン警告灯とスパナマークも同様です。ディスプレイに残っているのは走行距離とトリップだけ、ですって。

試運転でも異常なし。始動性、加速、アイドリングともに変化はありません。もともとエンジンの調子自体は悪くなかったお車ですので、そこは想定どおりです。

今回の作業まとめ

● 車種:シトロエン ベルランゴ(型式 3DA-K9CYH01)
● 年式:令和2年12月
● 走行距離:73,882km
● 症状:メーターに「Emissions fault: Starting impossible in 600 km」を表示、エンジン警告灯・スパナマーク点灯
● 主なDTC:U1200:81(NOx還元システム CANネットワーク 受信データ無効)/P20EE:92(NOx還元システムの浄化 性能または動作が適合しない)
● ECU:Bosch MD1CS003
● 接続方式:BENCH(ECU取り外し)
● 使用機材:FLEX by MagicMotorsport
● 作業内容:オリジナルデータのフルバックアップ → 調整データの作成 → インターナルフラッシュへ書き込み → ECU復元・始動確認 → 診断機で最終チェック
● 結果:AdBlue警告および走行距離カウントダウンが解除、警告灯も消灯
● ご依頼元:整備工場様(AdBlue関連で7台目のご依頼)

「修理」ではなく「調整・撤廃」です

ここは毎回きちんとお伝えしている部分なのですが、今回の作業は壊れた部品を直す「修理」ではありません。ECU内部の判定条件、いわゆる閾値(いきち)の側を調整して、システムがエラーと判断しないようにする作業です。センサーが鈍っている事実そのものが元に戻るわけではない、という点はご理解いただく必要があります。

ですので、当店としては「部品が手に入る状況になったら、本来の部品交換を検討していただく」という前提でご案内しています。カウントダウンで動かせなくなる前に一旦車両を使える状態へ戻し、その後の判断に余裕を持たせる。今回のような対応は、そういう位置づけのものだとお考えください。

また、この分野の技術は今も発展の途中にあります。車種・年式・ECUの世代によって成立する条件は変わりますし、同じ型式でも中身が異なることがあります。当店では国内外の整備ネットワークと情報を共有しながら対応範囲を広げていますが、すべての車両で同じ結果をお約束できるものではありません。そこは正直にお伝えしておきます。なお、排出ガス関連装置への変更を伴う内容ですので、車検その他の適合については個別にご相談ください。

兄弟車であるプジョー リフター、オペル コンボライフ、フィアット ドブロについても、搭載されるエンジンとAdBlueシステムは共通です。ブランドが違っても発生する故障コードや対応方法は同じですので、車種の違いは気にせずご相談ください。

ご依頼ありがとうございました。

今回の作業は部品の調達に時間がかかったり、チェックランプ点灯の裏に隠された重大エラーの事などを踏まえた作業となりますので、ご理解いただければ幸いです。

シトロエン・プジョー・DSオートモービル以外でも、メルセデスベンツ、BMW、フォルクスワーゲン、三菱ふそう(キャンター・ローザ)など商用車を含めて対応可能な場合がありますので、NOxやアドブルーでお困りでしたらお問い合わせお待ちしております。

丁寧な整備を心がけておりますので、ひとつひとつの作業にどうしても時間がかかってしまいます。

重要な補足説明

毎回重ねてお伝えしておりますが、これを「修理」とは言えないと思っています。

NOxにしてもAdBlueにしても、部品はどちらもかなり高額である上に欠品している事が非常に多く、直したくても直せないという状態に陥っている方を非常に多くお見受けしています。

それをプログラムで少し”調整”してあげたり、部品が入荷するまで運用出来ないお車を一部機能に付いてのみ一時的に”撤廃”作業を施して運用出来る様にするというものです。

いま点灯しているエンジンチェックランプの点灯原因・内容が分かってはいるものの、NOxやAdBlueがチェックランプを点灯させ続けている状態では、全く別の重大なトラブルが発生したとしてもドライバーさんは気付く事が出来ません。

なので、過敏に反応する設定となっている”閾値”(いきち)を少しだけ幅を持たせた値に調整する事でエンジンチェックランプの点灯を一時的に抑えることで、それとは全く別で発症した”本当に重大なトラブル”にドライバーさんが早く気付く事が出来るように、本来の意味としての「エンジンチェックランプ」点灯お知らせ機能を取り戻す作業です。

部品が欠品中で納期未定の為車が動かせない(スターターロックが発動してエンジンがかからない)などの場合での、部品が入るまでの一時的な緊急対策措置である事をご理解いただき、部品が入荷した際には元のプログラムに戻して部品を交換するという事を弊社ではお勧めしております。

同作業をご希望される方は、その辺りをご理解下さい。


この技術・情報はまだまだ発展途上の所もあります。

殆どが成功し続けて行く中、それでもごくごく稀にエラーが消えないとか、スターターロックが再発動するとか、そんな事が起こるのがゼロではありません。

この一連の作業内容ができるネットワークは今や10社まで広がり、まだ更に広がる可能性を含んでいます。そしてお互いに情報を共有しつつ、時にはトライ&エラーを続けながら全員で前に進んでいます。

現況では完璧に仕上がった技術では無い事や、もしかするとその「ごく稀」な案件に当たってしまう事もあるかも知れません。不本意ながらご迷惑をおかけしてしまう事だってあると思います。

そんな時こそそのネットワークを駆使し、施工している仲間たちで知恵を絞り出し合って、精一杯対応させて頂きます。全員が本気で取り組んでいますので、暖かい気持ちで見守っていただければ幸いです。

もちろん、その様な事が起こらない様に、日々学び、日々ステップアップし続けていますので、もし「依頼してみたい」と思って頂けた方は、お問い合わせ下さい。


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