同業の車屋さんからのご依頼でした。在庫として持っていたDS4クロスバック(型式 LDA-B7CAH02)が無事に売れて、さあ納車——というタイミングで、アドブルーの警告が点灯していることに気づいた。警告がいつから出ていたのかはっきりしないのですが、「納車が迫っているので、なるべく早く間に合わせたい」というご連絡でした。

個人のオーナーさんが「急に動かなくなった」と駆け込んでくるケースとは、少し緊張感の種類が違います。売れた車を、期日までにお客様へ渡さなければならない。その状況でのご依頼です。メーターには「Refill emissions additive : Starting prevented in 100 km」——あと100kmで始動できなくなる、という表示が出ていました。DS4クロスバックはフランス車らしい質感を持ったプレミアムクロスオーバーで、日本での流通台数はそう多くありません。「この症状を、どこに頼めばいいか」で迷われる業者さんも少なくないケースです。

DS4クロスバック 入庫 リフト上

今回のお車、DSオートモービル DS4クロスバック。落ち着いたガンメタリックのボディ。

「あと100km」のカウントダウンと症状

まずはメーターの状態から確認していきます。中央のディスプレイに「UREA(尿素水)」の赤い表示と、「Refill emissions additive : Starting prevented in 100 km」のメッセージ。あわせて「SERVICE」の文字も点いています。走行距離は約6.4万km。年式(平成29年3月)からすると、距離は控えめで、まだまだ乗っていきたい一台かと思います。

DS4クロスバック UREA警告 あと100kmで始動不可

中央に「Starting prevented in 100 km」。あと100kmで始動できなくなる、という予告です。

この「あと○○km」という表示は、ゼロになる前にエンジンの再始動ができなくなる事例もあります。「予告だからまだ大丈夫」と構えていると、思ったより早く動かせなくなることがある——ここは早めの判断が安心につながる部分です。

検出されたDTC(故障コード)

続いて診断機(AUTEL)でエラーの中身を見ていきます。SCR系を中心に、いくつかのコードが記録されていました。

DS4クロスバック 診断機 DTC一覧 P21C5

診断機の画面。複数のコードが並びますが、本筋はSCR(尿素水)系のものです。

● P21C5:尿素水レベル − 信号がブロックされる
● P0494:ファンユニット − 検出ステータスと基準値(低速)間の一致性不良
● P1199:燃料レベル − レベルが低すぎる
● P0215:メインリレー制御 − リレー固着
● P058D:バッテリー − 電圧値が無効
● P0562:エンジンマネージメントECU電源供給 − 構成部品の電圧が低すぎる
● ほか、アクセルペダルポジション系 など

このうち、今回の警告に直接つながっているのは P21C5(尿素水 − 信号がブロックされる) です。SCR(選択触媒還元)システムまわりで信号がうまくやり取りできていない、という意味合いのコードになります。

残りのコードは「一時的」と記録されているものが多く、バッテリー電圧やECU電源に関するものも含まれています。診断時の電圧変動などで副次的に拾われているケースが多いので、ここは一つひとつに過剰反応せず、本筋のP21C5を軸に対策を考えていきます。

原因:SCR/AdBlue系統の劣化と、部品事情

ボンネットを開けて状態を確認します。2.0 BlueHDiのエンジンルーム。見た目は大きな異常はありませんが、AdBlueを使うSCRシステムは、尿素水ポンプ・各種センサー・NOxセンサーといった部品が経年で弱ってくると、今回のような信号系のエラーが出やすくなります。

DS4クロスバック エンジンルーム 1.6 BlueHDi

DS4クロスバックのエンジンルーム。1.6 BlueHDiディーゼル。

DS4クロスバック 配線 ハーネス周辺

補機・配線まわり。ここから先の制御を担うのがECUです。

部品交換で対応する場合、ここがなかなか悩ましいところです。NOxセンサーは1つあたり10万円前後することがあり、車両によっては複数使われています。尿素水ポンプやSCR関連の部品まで含めると、合計で数十万円規模になることも珍しくありません。

さらにフランス車の場合、部品供給のタイミングが読みにくく、欠品で入荷待ちになることもあります。その間はお車を使えない——納車を待っているお客様がいる状況では、それは選べないわけです。そうした事情から、今回は部品交換ではなくECU側のプログラム調整でAdBlueを無効化する方法を選択しました。

解決策:ECUプログラムによるAdBlue無効化

今回はプログラム調整で進めていきます。DS4クロスバックのこの世代は、Delphi製の DCM6.2A というECUを搭載しています。まずはECU本体を取り外していきます。静電気には注意しながらの作業です。

DS4クロスバック ECU 取り外し DCM6.2A

取り外したECU。基板を開いた状態。中身はとても繊細です。

このECUは車両の通信ポート経由ではなく、基板へ直接アクセスする BOOT接続 でデータを扱います。FLEX(MagicMotorsport)を使い、基板上の所定のポイントへプローブを当てて読み出していきます。

ECU BOOT接続 作業セットアップ FLEX

作業環境のセットアップ。落ち着いて取り組める机上で進めます。

FLEX MagicMotorsport DCM6.2A BOOT接続

FLEXとECUを接続。

ECU基板 BOOTポイント プローブ接続

基板上の接点へプローブを当てているところ。ここがBOOT接続のポイントです。

接続が確立できたら、まずはオリジナルデータの読み出しとバックアップから。ここを丁寧にやっておくことが、後々の安心につながります。データは紛失・消失のないよう、複数箇所にバックアップを取る体制で進めています。

FLEX 接続成功 SUCCESS DCM6.2A

接続成功(SUCCESS)。ここから読み出しに入ります。

FLEX フルバックアップ 読み出し中

フルバックアップを実行中。内部フラッシュを順に読み出していきます。

FLEX ECUファイル 保存 バックアップ

読み出したデータを保存。オリジナルは別途しっかり保管します。

バックアップが整ったら、AdBlueを無効化するデータを書き込んでいきます。書き込み中はとくに慎重に。電源や接続が途切れないよう注意しながら進めます。

FLEX 書き込み中 AdBlue無効化データ

調整済みデータを書き込み中。内部フラッシュへ慎重に流し込みます。

FLEX 書き込み完了 SUCCESS

書き込み完了(SUCCESS)。エラーなく終えられました。

作業後の結果

ECUを車両に戻し、最終チェックです。エンジンを始動して、メーターの状態を確認します。

DS4クロスバック 作業後 メーター 正常表示

作業後のメーター。あの警告表示は消え、通常の表示に戻っています。

DS4クロスバック メーター 外気温表示 警告消灯

外気温(23℃)が普通に表示される、見慣れた状態。警告灯も消えています。

最後に試運転を行い、走行中も警告が再点灯しないことを確認して完成です。納車のタイミングに間に合わせることができました。

今回の作業まとめ

● お客様:同業者(車屋さん)からのご依頼
● 車両:DSオートモービル DS4クロスバック(LDA-B7CAH02)/2017年式/走行距離 64,249km
● ECU:Delphi DCM6.2A
● 接続方式:BOOT接続(FLEXツール)
● 症状:UREA警告「Starting prevented in 100km」カウントダウン
● DTC:P21C5(尿素水レベル − 信号がブロックされる)
● 対応:AdBlue/SCR 無効化プログラムによる調整

「修理」ではなく「調整・撤廃」という考え方

今回の作業は、壊れた部品を新品に交換する「修理」とは少し性質が異なります。ECU内部のプログラム側で、AdBlue/SCRに関する判定のしきい値(閾値)を調整し、警告や走行制限が出ないようにする——いわば「調整・撤廃」という方法です。

ですので、NOxセンサーや尿素水ポンプといった部品そのものが直るわけではありません。あくまで「制御側で折り合いをつける」対処になります。将来的に部品の入手環境が整って、本来の部品交換で対応したいとお考えになった際には、保管しているオリジナルデータをもとに元へ戻すことも可能です。その時々のご事情に合わせて、選択肢をご相談いただければと思います。

なお、AdBlue/SCRシステムに手を加える作業については、公道走行や車検をめぐる扱いに不確かな部分があります。当社で施工した車両においての作業実績をご紹介していますが、ご使用にあたっての最終的な判断は、お客様ご自身でお願いできればと思います。気になる点は遠慮なくお問い合わせください。

技術の現状について、正直なところ

この分野の作業は、車種・ECU・年式の組み合わせによって最適なアプローチが変わり続けている、いわば発展途上の領域です。当社でも整備ネットワーク内で情報を共有しながら、症例ごとに慎重に進めています。「どんな車でも必ず同じように対応できます」と言い切れるものではない、という点は率直にお伝えしておきます。だからこそ、まずは現車の状態を確認させていただくところから始めたいと考えています。

ご依頼ありがとうございました。

今回の作業は部品の調達に時間がかかったり、チェックランプ点灯の裏に隠された重大エラーの事などを踏まえた作業となりますので、ご理解いただければ幸いです。

メルセデスベンツ以外でもBMW、フォルクスワーゲン、三菱ふそう(キャンター・ローザ)など商用車を含めて対応可能な場合がありますので、NOxやアドブルーでお困りでしたらお問い合わせお待ちしております。

丁寧な整備を心がけておりますので、ひとつひとつの作業にどうしても時間がかかってしまいます。

重要な補足説明

毎回重ねてお伝えしておりますが、これを「修理」とは言えないと思っています。

NOxにしてもAdBlueにしても、部品はどちらもかなり高額である上に欠品している事が非常に多く、直したくても直せないという状態に陥っている方を非常に多くお見受けしています。

それをプログラムで少し”調整”してあげたり、部品が入荷するまで運用出来ないお車を一部機能に付いてのみ一時的に”撤廃”作業を施して運用出来る様にするというものです。

いま点灯しているエンジンチェックランプの点灯原因・内容が分かってはいるものの、NOxやAdBlueがチェックランプを点灯させ続けている状態では、全く別の重大なトラブルが発生したとしてもドライバーさんは気付く事が出来ません。

なので、過敏に反応する設定となっている”閾値”(いきち)を少しだけ幅を持たせた値に調整する事でエンジンチェックランプの点灯を一時的に抑えることで、それとは全く別で発症した”本当に重大なトラブル”にドライバーさんが早く気付く事が出来るように、本来の意味としての「エンジンチェックランプ」点灯お知らせ機能を取り戻す作業です。

部品が欠品中で納期未定の為車が動かせない(スターターロックが発動してエンジンがかからない)などの場合での、部品が入るまでの一時的な緊急対策措置である事をご理解いただき、部品が入荷した際には元のプログラムに戻して部品を交換するという事を弊社ではお勧めしております。

同作業をご希望される方は、その辺りをご理解下さい。


この技術・情報はまだまだ発展途上の所もあります。

殆どが成功し続けて行く中、それでもごくごく稀にエラーが消えないとか、スターターロックが再発動するとか、そんな事が起こるのがゼロではありません。

この一連の作業内容ができるネットワークは今や10社まで広がり、まだ更に広がる可能性を含んでいます。そしてお互いに情報を共有しつつ、時にはトライ&エラーを続けながら全員で前に進んでいます。

現況では完璧に仕上がった技術では無い事や、もしかするとその「ごく稀」な案件に当たってしまう事もあるかも知れません。不本意ながらご迷惑をおかけしてしまう事だってあると思います。

そんな時こそそのネットワークを駆使し、施工している仲間たちで知恵を絞り出し合って、精一杯対応させて頂きます。全員が本気で取り組んでいますので、暖かい気持ちで見守っていただければ幸いです。

もちろん、その様な事が起こらない様に、日々学び、日々ステップアップし続けていますので、もし「依頼してみたい」と思って頂けた方は、お問い合わせ下さい。


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