プジョー508SW ブルーHDi 入庫時の外観

ご入庫いただいたプジョー508SW ブルーHDi。自走できない状態での入庫となりました。

今回のお車はプジョー508SW ブルーHDi。2020年3月登録、型式 3DA-R8AH01、走行距離は61,475kmです。

北海道を旅行中に「排気浄化システム(AdBlue)不良」の警告が点灯し、それと同時にメーター内へ「エンジン始動不可まで1,100km」のアラートが表示されたとのこと。

1,100kmという数字だけを見れば、まだ余裕があるように感じられます。ところが北海道から埼玉までの帰路となると、その余裕はみるみる削られていくわけです。オーナー様は一部の旅程を変更して南下され、翌日の早朝に青森港へ到着。その時点で残りは250kmまで減っていました。

ここでのご判断は的確でした。「エンジンを止めたら、もう二度とかからないかもしれない」——そう考えて、そのままエンジンを切らずに走り切り、昼過ぎにご自宅へ到着されています。

ただ、話はここで終わりませんでした。

たどり着いた安心感からエンジンを切ったところ、そこから先はセルモーターがうんともすんとも言わない状態に。スターターロックです。自走は不可能となり、当社へは搬送での入庫となりました。

入庫の経緯と症状

まずはエンジンルームから確認していきます。2.0L直列4気筒ディーゼルターボ、いわゆるBlueHDiを積んだ一台。508SWの中でも上位に位置するグレードで、長距離を淡々と走らせるにはうってつけの組み合わせですね。

プジョー508SW ブルーHDi エンジンルーム

2.0L BlueHDiのエンジンルーム。外観からはトラブルの気配は見えてこない。

カウントダウンの進み方を、時系列で整理するとこうなります。

● 北海道で警告点灯 … 残り1,100km
● 翌日早朝・青森港着 … 残り250km
● 埼玉のご自宅到着後、エンジン停止 … 始動不可(セルモーター無反応)

そしてこちらが、入庫時のメーターパネルです。

プジョー508SW メーター内の排気システム故障・エンジン始動不可の表示

メーター左側に「AdBlue」の表示と、その下に「排気システム故障 エンジン始動不可」。走行距離は61,475km。

ご覧のように、AdBlueの警告表示とあわせて「排気システム故障 エンジン始動不可」が出ています。旅先で最初に表示された1,100kmのカウントダウンは、すでに0kmまで進み切ってしまった状態です。

なぜ0kmになると、セルまで回らなくなるのか

ここは非常によくご質問をいただくところなので、少し整理しておきます。

AdBlue(尿素水)のシステムに異常が検出されると、ECUは「排気の浄化が正常におこなえていない」と判断します。その時点からメーター内にカウントダウンが表示され、残り距離が少しずつ減っていく。ここまでが警告の段階です。

ポイントは、この制限が「走行中に止める」ものではないということ。カウントダウンの最中は普通に走れますし、0kmになった瞬間にエンジンが止まることもありません。制限がかかるのは次の始動だけです。

そして0kmまで到達すると、今回のようにキーを回してもセルモーターが作動しません。バッテリーが弱ったときのような「カチカチ」という音すらなく、まったくの無反応。ECU側で始動そのものがブロックされている状態だからです。

バッテリーやセルモーターの故障と見分けがつきません

ここが実に厄介なところでして、症状だけを見るとバッテリー上がりやセルモーターの寿命とまったく同じに見えます。実際、バッテリーを新品にしても、セルモーターを交換しても何ひとつ変わらなかった、というご相談は少なくありません。

もし、AdBlueの警告やカウントダウンが出ていた車が、ある日を境にセルすら回らなくなったのであれば。電気系を疑う前に、まずこの可能性を思い出していただければと思います。

では「エンジンを切らなければいい」のか

そう単純な話でもありません。今回のオーナー様のご判断は結果的に功を奏しましたが、長い距離をエンジンを止めずに走り続けるのは、車にとってもドライバーにとっても相当な負担がかかります。当店として広くおすすめできるやり方ではない、というのが正直なところです。

カウントダウンが表示されている段階であれば、まだ自走でご相談いただけます。0kmまで進んでしまえば搬送の手配が必要になり、その分だけ時間も費用も増えていく。数字が残っているうちに動いたほうが、結局は軽く済むケースが多いです。

診断結果:検出されたDTC

診断機を接続して、エンジンECUの故障コードを読み出します。

プジョー508SW 診断機に表示された故障コード一覧

診断機の画面。AdBlue(尿素水)系を中心に4件の故障コードを検出。

検出されたのは次の4件です。

● P0215:72(常時電源)メインリレー制御 – アクチュエーターが開いたまま固着
● P208E:71(一時的)NOx還元システム回路 – アクチュエータ固着
● P20A2:21(一時的)NOx還元システム回路(尿素水ポンプゲージモジュール)– 指示より低い値
● P20E8:21(一時的)尿素水の圧力 – 指示より低い値

さて、この並びを見ていきましょう。P20E8は「尿素水(AdBlue)の圧力が指示値まで上がらない」という意味のコードです。AdBlueは、ただタンクに入っていればいいというものではなく、ポンプで一定の圧力まで加圧してから排気側のノズルへ噴射する仕組みになっています。その圧力が立ち上がらない、というのがP20E8が示している状態です。

P20A2P208Eも、いずれもNOx還元システム(SCR)の回路まわり。診断機の日本語表示でも「尿素水ポンプゲージモジュール」という言葉がそのまま出ていますので、症状の中心はAdBlueのポンプ側にある、と読めるわけです。

もう1件のP0215はメインリレー制御に関するコードで、他の3件とは系統が異なります。診断機の表示上、このコードだけが「常時電源」、残る3件は「一時的」というステータスになっていました。内容は作業前にひと通り確認しています。

原因:AdBlueポンプまわりの不具合と、部品調達という壁

プジョー・シトロエンのBlueHDi搭載車で、AdBlue警告からカウントダウンへ進むケースの多くは、AdBlueタンク内のポンプユニットにたどり着きます。今回のDTCの並びも、その典型的なパターンに見えます。

ここで問題になるのが、部品の構成です。この系統のポンプは単体では部品供給されていないことがほとんどで、交換となればAdBlueタンクごとのアッセンブリー交換になります。金額は車種や時期によって幅がありますが、部品代だけで十数万円から、作業工賃やAdBlueの補充まで含めると相応の金額になってくるわけです。

さらに厄介なのが在庫の問題。このトラブルは日本国内だけでなく世界的に発生しているため、部品の供給状況が読みにくい時期があります。国内在庫がなく本国発注、そこから数週間から数か月という話も珍しくありません。その間、車は動かせないままです。

そして、仮に交換で一度解決したとしても、SCRシステムはポンプ・NOxセンサー・各種センサーが順番に劣化していく傾向があります。1か所直すと、しばらくして別の箇所でエラーが出る。いたちごっこになりやすい部分でもあります。

今回はオーナー様から最初のお問い合わせの時点で「ECU書き換えによるアドブルーシステムの停止」という明確なご希望をいただいていましたので、その方針で作業を進めてまいります。

解決策:DELPHI DCM7.1AをBOOT接続で読み書き

今回のエンジンECUはDELPHI DCM7.1A。プジョー508の2.0 BlueHDiに搭載されているユニットです。

取り外したDELPHI DCM7.1A ECU

車両から取り外したDELPHI DCM7.1A。静電気に注意しながら慎重に扱う。

今回はBOOT接続での作業になります。BOOT接続というのは、ECUのフタを開けて基板を露出させ、基板上の端子へ直接プローブを当ててデータを読み書きする方法です。外部コネクタから接続できるBENCH接続と比べると手間はかかるのですが、対応できる範囲が広いという利点があります。

フタがネジではなくリベット留め

ここで、いつもと違う場面がひとつ。

ECUのフタは通常ネジで固定されていて、外して開けて、作業が終われば締め直す。それだけの話です。ところがこの個体はリベット留めでした。

ECUのフタを固定しているリベットの頭

ECU角部。ネジではなくリベットの頭が見える。このままではフタが開かない。

リベットは締め直しができない留め方ですので、頭を削り落として開けるしかありません。基板は薄いアルミのフタ一枚を隔ててすぐ下にありますから、削りすぎれば一発でアウト。力加減と削り込む深さに神経を使う工程です。

リベットの頭を削り落としたECU角部

リベットの頭を削り落とした状態。銀色に光っている部分が加工箇所。

無事に開封できました。こちらが基板の全景です。

開封したECUの内部基板

開封したDCM7.1Aの内部。手袋を着用し、静電気対策をしたうえで作業を進める。

接点は3か所、うち1か所はCPUの真下

続いて、基板へのアクセスです。DCM7.1Aで押さえる接点は3か所。ここが今回いちばん手間のかかった部分でした。

BOOT接続の作業セットアップ全景

作業台の全景。ECU・治具・FLEX・ノートPCを配置してのBOOT接続。

プローブを立てる治具をセットし、基板上の指定位置へ順番に落とし込んでいきます。

治具にセットしたプローブをECU基板へ接触させる作業

治具を使ってプローブを保持し、基板上の接点に合わせていく。

ECU基板に接触させたプローブとFLEX BOX

プローブが接点に触れた状態。一ミリも動かさず静止します

問題は3か所目です。この接点だけがCPUのすぐ下にあり、真上からプローブを下ろしても届きません。プローブを斜めに寝かせ、CPUの角をかわしながら、狙った1点だけに触れさせる必要があります。

CPU下の接点に斜めからプローブを当てている様子

中央の黒い四角がCPU。右下から斜めに差し込んでいるのが3か所目のプローブ。

隣の端子に触れれば当然ショートしますし、接触が甘ければ通信が安定しません。角度を1度単位で微調整しながら、確実に当たる位置を探っていく。地味ですが、ここが決まらないと先へ進めない工程です。

フルバックアップ、データ調整、書き込み

接続が確立しました。FLEXの画面に「SUCCESS」が出ています。

FLEXの画面 DCM7.1A BOOTモードで接続成功

WORKING MODE「BOOT」、ECUは「DCM7.1A」。接続完了のステータス表示。

ここまで来れば、あとは落ち着いて進められます。まずはオリジナルデータのフルバックアップから。

FLEXでECUのフルバックアップを読み出し中の画面

INTERNAL FLASHの読み出し中。セクタごとに順次読み込んでいく。

読み出したデータは、紛失や消失がないよう複数箇所へバックアップします。万一のときに元へ戻せる状態を確保しておくことが、この作業の土台ですしね。

専用ソフトでECUデータを解析している画面

読み出したデータを専用ソフトで解析していく(画面はデータ編集作業の一例)。

バックアップしたデータを元に、AdBlue制御に関わる部分を調整したデータを作成。準備が整ったところで、いよいよ書き込みです。

FLEXでECUへデータを書き込み中の画面

INTERNAL FLASHへの書き込み中。ここで電源が落ちればECUは死んでしまうため、目が離せない工程。

そして、完了です。

FLEXの画面 書き込み完了のSUCCESS表示

「Write Int Flash Finished」とSUCCESSの表示。無事に書き込み完了。

書き込みが終わったら、削り落としたリベット部分の処理をしてフタを戻し、ECUを車両へ組み付けます。

作業後の結果

ECUを車両に戻し、キーを回します。あれだけ沈黙していたセルモーターが、何事もなかったかのように回り、エンジンがかかりました。

作業後のプジョー508SWのメーターパネル

作業後のメーターパネル。「排気システム故障 エンジン始動不可」の表示は消え、通常表示に戻っている。

メーター内の警告メッセージは消灯。診断機でも再度チェックを行い、AdBlue関連のエラーが再入力されていないことを確認しました。そのうえで試運転を実施し、エンジンの吹け上がりや走行フィーリングに違和感がないことを確かめてからご納車となります。

北海道からエンジンを止められないまま帰ってきて、自宅の駐車場で動かなくなった一台。これで普通に乗り降りできる車に戻ったわけです。

今回の作業まとめ

● 車種:プジョー508SW ブルーHDi
● 型式:3DA-R8AH01(2020年3月登録)
● 施工時走行距離:61,475km
● エンジン:2.0L BlueHDi 直列4気筒ディーゼルターボ
● ECU:DELPHI DCM7.1A
● 接続方式:BOOT接続(FLEX by MagicMotorsport)
● 症状:AdBlue警告点灯、「排気システム故障 エンジン始動不可」表示、スターターロック(セルモーター無反応)
● カウントダウン経過:1,100km(北海道)→ 250km(青森港)→ 0km(帰宅後)
● 入庫方法:自走不可のため搬送
● 検出DTC:P0215:72/P208E:71/P20A2:21/P20E8:21
● 作業内容:ECU取り外し、リベット留めフタの開封加工、BOOT接続によるフルバックアップ、AdBlue制御調整データの作成・書き込み、組み付け、診断機チェック、試運転
● 結果:警告表示の消灯とエンジン始動性の回復を確認

「修理」ではなく「調整・撤廃」であることについて

ひとつ、はっきりお伝えしておきたいことがあります。今回の作業は、壊れた部品を新品に交換して直す「修理」ではありません。ECU側の判定条件を調整し、AdBlue(SCR)システムの制御を切り離す作業です。ポンプやセンサーそのものは、取り外した時点の状態のまま車両に載っています。

ここで鍵になるのが閾値(いきち)という考え方です。ECUは各センサーの値を常に監視していて、あらかじめ決められた判定ラインを外れると「システムが正常に働いていない」と判断し、警告とカウントダウンを発動させます。部品が完全に死んでいなくても、このラインを一度外れれば同じ結果になるわけです。今回の作業は、その判定の仕組みそのものに手を入れて、警告と始動制限が発動しない状態に整えるものだとご理解ください。

オリジナルデータは複数箇所にバックアップしてありますので、将来的に部品が安定して調達できるようになった場合や、元の状態へ戻したいというご希望があれば対応が可能です。なお、排出ガス関連装置の制御に関わる内容ですので、車検や法令面での最終的なご判断はオーナー様にお願いしております。ご不明な点があれば、作業前の段階で遠慮なくお尋ねください。

ご依頼ありがとうございました

ご依頼ありがとうございました。旅先でのトラブルから、青森でのご判断、そして自宅の駐車場での立ち往生まで。ひととおりの経緯をうかがっていたぶん、セルが回ってエンジンがかかった瞬間はこちらもほっとしました。

今回の作業は部品の調達に時間がかかったり、チェックランプ点灯の裏に隠された重大エラーの事などを踏まえた作業となりますので、ご理解いただければ幸いです。

プジョー以外でもシトロエン、DS、メルセデスベンツ、BMW、フォルクスワーゲン、三菱ふそう(キャンター・ローザ)など商用車を含めて対応可能な場合がありますので、NOxやアドブルーでお困りでしたらお問い合わせお待ちしております。

丁寧な整備を心がけておりますので、ひとつひとつの作業にどうしても時間がかかってしまいます。

重要な補足説明

毎回重ねてお伝えしておりますが、これを「修理」とは言えないと思っています。

NOxにしてもAdBlueにしても、部品はどちらもかなり高額である上に欠品している事が非常に多く、直したくても直せないという状態に陥っている方を非常に多くお見受けしています。

それをプログラムで少し”調整”してあげたり、部品が入荷するまで運用出来ないお車を一部機能に付いてのみ一時的に”撤廃”作業を施して運用出来る様にするというものです。

いま点灯しているエンジンチェックランプの点灯原因・内容が分かってはいるものの、NOxやAdBlueがチェックランプを点灯させ続けている状態では、全く別の重大なトラブルが発生したとしてもドライバーさんは気付く事が出来ません。

なので、過敏に反応する設定となっている”閾値”(いきち)を少しだけ幅を持たせた値に調整する事でエンジンチェックランプの点灯を一時的に抑えることで、それとは全く別で発症した”本当に重大なトラブル”にドライバーさんが早く気付く事が出来るように、本来の意味としての「エンジンチェックランプ」点灯お知らせ機能を取り戻す作業です。

部品が欠品中で納期未定の為車が動かせない(スターターロックが発動してエンジンがかからない)などの場合での、部品が入るまでの一時的な緊急対策措置である事をご理解いただき、部品が入荷した際には元のプログラムに戻して部品を交換するという事を弊社ではお勧めしております。

同作業をご希望される方は、その辺りをご理解下さい。


この技術・情報はまだまだ発展途上の所もあります。

殆どが成功し続けて行く中、それでもごくごく稀にエラーが消えないとか、スターターロックが再発動するとか、そんな事が起こるのがゼロではありません。

この一連の作業内容ができるネットワークは今や10社まで広がり、まだ更に広がる可能性を含んでいます。そしてお互いに情報を共有しつつ、時にはトライ&エラーを続けながら全員で前に進んでいます。

現況では完璧に仕上がった技術では無い事や、もしかするとその「ごく稀」な案件に当たってしまう事もあるかも知れません。不本意ながらご迷惑をおかけしてしまう事だってあると思います。

そんな時こそそのネットワークを駆使し、施工している仲間たちで知恵を絞り出し合って、精一杯対応させて頂きます。全員が本気で取り組んでいますので、暖かい気持ちで見守っていただければ幸いです。

もちろん、その様な事が起こらない様に、日々学び、日々ステップアップし続けていますので、もし「依頼してみたい」と思って頂けた方は、お問い合わせ下さい。


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